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日記の最近のブログ記事

 2月8日の昼ごろ、マレーシアのBatu Cavesでインドのお祭りのタイプーサムに同じコンドミニアムに住んでいる日本人とその彼氏と3人で行ってきました。

 会社の同僚からは混んでるので行かないほうがいいというアドバイスをいただきましたが、実際行ってみるとDamansara Perdanaから向かって行ったのですが渋滞に20分ぐらいはまった程度で高速道路にもみんな路駐しており、私もまぎれて高速道路に路駐し奇跡的にBatu Cavesまで徒歩1分というところに停める事ができました。

 周りの人を見るとほとんどがインド系で日本人らしいひと、ヨーロッパの人などは全体の3%程度だったように見えました。

 中に入ってみるとたくさんの人がおり、露店がたくさん並んでいました。路駐も気になりとりあえず100段ぐらいありそうな階段を登るときに男性が一人ケイレンしながら倒れていました。原因は後からわかったのですが、体中刺して重たいみこしのような物と一緒に階段を登ろうとして倒れたものだと考えられます。

 タイプーサムはヒンズー教のお祭りなのですが、その本場インドではタイプーサムを禁止しており、マレーシアのみでやっているそうです。とりあえず見に行った私の感想は、あんな危険なことをするのであればやめればいいのに・・・と思いました。体中に刺した釘のようなもので固定して重たいものを運ぶわけですから相当危ないお祭りです。また、人がケイレンしているのを見たときはやばいお祭り・・・ホラー映画が好きな人なら見に行く価値はあるかも・・・と思うお祭りでした。

 結局階段を上まで登り体力が尽きてしばらく休んでそれから降りて車に戻りました。階段を下りるときに変な想像をしたのですが、もし誰か一人倒れて将棋倒しになったら死ぬと考えさせられるほど人が同時に階段を下りていました。また日本人と違って前の人と距離を開けないで歩く人が目立ちました。

 とりあえず一度行ったのでもう行かなくてもいいや!と私は思っています。やっぱり人が多すぎるところは私は苦手ですね・・・

Batu Cavesに入ったらこんな感じ
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痛そう・・・もっと体大事にしたほうが・・・
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体中針で刺しています。
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 みなさん、日本でいろいろありがとうございました。おかげさまで暇だと思うことは一瞬もなく充実した生活を送ることができました。おかげさまでマレーシアには戻りたくないと思わせるほど楽しくし過ごせました。

 マレーシアに戻ってくる際にポクポンというおもちゃの人形を大量に購入したのですが、それを実家に忘れて行ったことが大きなミスでした。

 久しぶりに日本に帰ってきて、やはりマレーシアと比べれば日本は住みやすく特に道路を車で運転していると事故をする可能性が5割減ったぐらい実は日本は安全な道路なのだとも思いました。もちろん日本の事故は多いのですがそれは人口が多いからだと私は思っております。

 日本に帰って残念だったのが、これだけ不況と言われている中で政府は何の危機感もなく相変わらず道路工事をしていたところが目に付きました。道路をつくる重要性よりもホームレスを保護する施設を作るべきだと私は思います。

 船橋市の駅前にある西武百貨店では、百貨店入り口にホームレスが住めるような空間を作っていたり実は民間企業が間接的にホームレスを保護しているようにも見えました。仮に百貨店がそこにホームレスに住み着いて欲しくないのであれば閉鎖できるところでしたし、意図的に開放しているように私には見えました。

 また、トラックの街に走っている数が大幅に減って通常であればここで渋滞していると言うところでも渋滞がなかったりもしました。マレーシアから帰ってくると日本の食事は材料からして贅沢なものを使っているような印象も受けました。

 日本では大学の友達とメインに過ごし、旅行先で会った人、大学の友達を通じて知り合った人など20名以上と久しぶりの再開をした帰国でした。

 今ではマレーシアに戻ってきましたが、チャイニーズニューイヤーも終わり職場の中華系社員からお年玉のようなものをたくさんいただきました。私は友達の会社から購入したポクポンをマレーシアに届き次第お年玉代わりに返済しようと思っています。

 また、日本、マレーシアのどちらかでみなさんとお会いできる日を楽しみにしています。マレーシアに来ることがありましたら是非お気軽に連絡お願いします。

中国の旧正月でいただいたお年玉(未婚者限定でもらえるそうです。)
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2009年1月17日から2月1日まで日本に帰ります。電話番号はそのままで080-6564-7203ですのでお気軽にご連絡お願いします。みなさんよろしく!^^
 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 今年の新年はマレーシアのクアラルンプールのサンウェイラグーンで過ごしました。クアラルンプールの中では新年を過ごすスポットの有名な場所の1つであり、軽く10万人程度はいたのではないかと思わせるほど人がいました。まるでどこもプロ野球の試合が終わった後の球場の出口状態でした。

 その中にあるクラブにも行ったのですが、そこはプロ野球よりもひどく朝の通勤電車以上という感じで中は蒸し暑く、酸素が足りなく20分以内に気分が悪くなって外に出て蚊に刺されながらの新年になりました。

 新年を体験したことがない国では積極的に行事に参加しようと思ってたのですが、これで来年度からは行かないかも?と考えさせられるような場所でした。

 12時になったと同時に花火が打ち上がり、スプレー缶に泡をつめたようなものをお互い掛け合って新年を過ごしていました。

 話によると、あれは雪のつもりだそうです。マレーシアでも他人にかけると喧嘩になることもあるそうですので、知り合い同士で使うことをお勧めします。

 一緒に行った人は日本人の女の子、トーゴ人の男のカップルと私を入れて3人で行きました。ただし、2008年12月31日は半日出勤だったため力尽きて2時過ぎには帰宅することになってしまいました。

 私が今まで新年を迎えた海外の国は、オーストラリア、オランダ、韓国、シンガポールと今回のマレーシアで5カ国目となります。

 今まで迎えた新年で私が一番よかったと思った場所は京都です。清水寺、北野天満宮、八坂神社、金閣寺は閉まっていましたが日本でも知られた有名な建物にすぐにいけることです。また、夜中でもおいしいらーめん屋さんが開いていて食べに行きました。またかわいい女の子と一緒だったこともいい思い出に残っているのかもしれません。

 2位、シドニーです。私の人生で新年を迎えた初の海外でもあり、シドニータワーから花火が打ち上がりハーバーブリッジも綺麗に花火で彩られます。すれ違う人どうし「Happy New Year」と呼び合ってオーストラリアのフレンドリーな国民性を伺えたような気がします。新年は夏なのですが夜風は気持ちよかった記憶があります。

 3位は韓国です。Chongro 2 ga 付近で過ごしたのですが、道路は車の通行が閉鎖されて歩行者天国になっていました。歩いていると、花火が売っておりそれを何本か買って花火をしていました。歩道にはいつもの屋台が多くならんでおり、気軽にいろんな料理を楽しむことができました。

 4位はシンガポールです。特に外に出たわけではなく、当時いた彼女の家族と一緒に過ごした記憶があります。実際に新年のイベントを見ていないのでなんとも評価しずらいところなのですが、それほど印象がなかったのでこんな感じで・・・

 5位はオランダです。あそこはただ爆竹をならしてただけだったという印象があります。運河はすべて凍結しており、外に出ると今まで体験もしたことがないほどの寒さでした。

 マレーシアは、どうだったのかな・・・他のカップルと行っただけなのでとりあえず6位かもですね・・・もちろん個人的な話なのですけどねこれはすべて・・・

 今年は、いろいろ世界が波乱が起こりそうな時代でもあり、私の目標は来年もマレーシアで働いていることこそが大きな目標なのかも

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 2005年度、私が大学2年のときにアメリカに銀行の口座を開設し、口座を維持するためには最低1500ドルを預ける必要があり、その残高を下回ると、月々手数料を払わなければいけない仕組みでなんとか用意して、口座を開設することができました。

 口座開設の主な目的なのですが、インターネット広告、販売などでのアメリカ国内の振込先指定という理由で開設しました。実際にはアメリカでお金を稼ぐことができず、ずっと定期預金を寝かしたままの状態になっている口座になっています。

 今までは年率5%ほどで月々$5.00程度の利息がついていたのですが、リーマンブラザーズの倒産後、金利がどんどん下がってきている状態です。

 1年の定期預金にしていたので1年間は金利固定だと思っていたのですが固定じゃなかったのですね・・・今度から3年間とかの定期預金を組んだりしないようにします。あまりメリットありませんから・・・・

2008年後半の金利収入の落ち込み
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私は1997年11月から2000年11月までトヨタ自動車の工場で勤務していました。

 1997年当初はちょうどタイから始まった通貨危機がきっかけでアジアのその他通貨も暴落し、1ドル79.75円まで上昇、日産自動車がルノーに買収される時代でもありました。

 1997年11月時点では、トヨタ自動車の期間従業員は経験者のみでしたので派遣会社に登録し、トヨタ自動車の電子部品などを生産している広瀬工場で勤務していました。

 それから半年ほど勤務したあと、よく遅刻していたことに嫌気をさされ契約を延長してもらえず、そのタイミングでちょうどトヨタ自動車の期間従業員の一般の募集が始まったのでそれに応募し、無事に採用され期間従業員の生活がスタートしました。

 派遣会社から広瀬工場で勤務していたときは手取りで15万円程度だったのですが、トヨタ自動車の期間従業員を始めれば、寮、電気代光熱費が無料、エアコン付(第三高岡清風寮)工場内の食事も安くトヨタが株を持っていると思われる豊田市限定のメグリヤというスーパーが用意した食事でとてもおいしかった印象があります。

 期間従業員を始めた当初は、当時ヴィッツなどを生産していた高岡工場で勤務し、ボディー課でドアの作成をしていました。

 トヨタの期間従業員を始めると当時ヴィッツは飛ぶように売れ残業がたくさんあったため税、年金引き後の手取りが25万、30万ということもよくありました。その背景には、残業が確実に給料に反映され、交代勤務手当て、深夜勤務手当て、赴任手当て、盆休み、ゴールデンウィークで給料を調整するため、5万円の手当ても支給され、それぞれの実家から豊田市までの往復の交通費(新幹線の料金で計算)や契約期間の6ヶ月を迎えると満了報奨金まで出ていました。一年間勤務した場合で50万円ほどだったと思います。

 本当であれば期間従業員は車の持ち込み禁止だったのですが、寮内では駐車場の指定もなくばれることはありませんでした。実家の千葉にも月に1回程度帰っていたのですが、1ヶ月あたり貯金は10万円ほどできました。

 それなりに好条件で正社員の雇用制度もあったのですが、結果的に3年間働いたにもかかわらず社員になれず、海外で生活することを考え出し、海外で就職するためには大学を卒業してビザの取得を有利に進めることがわかり大卒という肩書きの重要性に気づき、大学を卒業、現在ではマレーシアで勤務しています。

 おそらく4年間期間従業員をやってたら500万円ほどは貯金できたのかもしれませんが学歴を選んだわけです。

 トヨタで働いていたときに感じていたことは時間がたつのが早い、振り返れば思い出がない、特に新しい能力を身に着けたわけでもなく最終的に残ったのはお金だけだったのかもしれません。もちろんトヨタの期間従業員は意外と厳しくいろんな問題を抱えて辞めていった人たちがたくさんいました。少なからず新しい就職を探す上ではやや評価される職歴なのかもしれません。

 あのまま期間従業員をやっていたら今頃社員だったのか?それとも失業していたのか?と考えさせられます。特別な技術が身についたわけでもなく再就職は難しいのはその働いていたときから感じていました。

 期間従業員の中には一流大学を卒業したひと、家族を持っているひとなど現在の派遣社員の人員削減は私にとって他人事とは思えない心境です。ただ、企業の期間従業員を雇った目的は自動車の生産台数は必ずしも一定ではないと想定しているため円滑に人員調整ができるための仕方のない手段だと思われます。

 会社が倒産すれば更に失業者が増えそれこそ日本は住みにくい国となり、トヨタほどの企業であれば自動車1台を作るのに1000社ほどの協力で生産されているわけですからドミノ倒しになっていくでしょう。

 私は大学に入る前ぐらいから日本の将来はあまり明るくないと予想していました。それは、アジアが急成長したことにより日本が今までのように特別な国ではなくなること、また、オーストラリアに留学していたときも韓国人など他のアジア圏の学生で優秀な人をたくさん見てきたこと、今まで貿易黒字を大きく上げてきた日本でも国債の発行額が増え、相変わらず道路工事に巨額の資金を投資していること、高齢者問題、年金問題など日本を知っているからこそいろんな不安が付きまとっていたのかもしれません。

 マレーシアでは英語を主に使っており、マレーシアで働ければ英語圏ではどこでもやっていけるようになれると判断できたため今私はマレーシアにいるのだと思います。ただ私はやはり日本が一番好きな国であり、税金などを日本に払っているわけではありませんが、マレーシアではなるべく日本の商品を買うように心がけています。

 マレーシアと比較すれば、日本人は商売上手でリピート客を狙うような商法でそれに対しマレーシアではその場でいかに客にお金を払わせるか?という商法や、日本人は過ちを犯したときなど謝罪できることが実はすばらしいことなのだとマレーシアに住んでいると感じさせられました。

 私の目から見れば実は日本はアメリカよりも世界恐慌に直撃しているように思えます。不況よりも円高の影響が日本企業には大きな打撃になっているでしょう。私の給料は日本円ベースにすれば25%下がりました。つまり日本で働いている皆さんはマレーシアの通貨をベースにすれば25%給料が上がったわけです。当然グローバル企業からすれば日本で支払わなければいけない人件費が大きくのしかかるわけです。

 言い換えれば海外への売り上げが落ちているにも関わらず、皆さんの給料が25%あがっているのです。それで当然雇用が維持ができるわけがないと思われます。

 経済は一瞬で動いても人口を一瞬でコントロールすることは難しく、不安定な経済情勢に対応するための体制が必要なのでしょう。しかしその答えをまだ見つけられないのが今の資本主義なのだと思います。

 私は日本人が100年後も平和に過ごせるシナリオがあるのだとすれば、1000年後にも必ず残っている性産業を発展させその基盤を作り、税収が確実に入るシステムを作る必要があると思います。ホームレース、経済的理由の自殺者を増やすか、性産業を発展させ日本の風紀を乱すのかどちらを取るべきなのか冷静な対応をする時期ではないかと私は思います。
 10月24日の株式市場では811円90銭安の7649円08銭で引けました。その後円高が進み一時1ドル90円台にまで急落、円高、世界恐慌のあおりを受けた日本、今後大手企業の倒産も予想されまた山一證券、日産自動車が倒産したような時代に突入しようとしています。

 この極端な円高により一層輸出が難しくなり日本の製造業が衰退していくことはほぼ確実で、今まで日本の経済を大きく支えたトヨタ自動車ですら大幅な減益を発表することも間違いないでしょう。

 その反面、現在の日本でのガソリン価格はまだ割高感を感じ、1バレル60ドル台、1ドル90円であれば90円から100円程度まで下がること予想でき、原油高はもう昔の話になりつつあります。

 ソニー、トヨタなどの輸出産業はかなり厳しい環境ではありますが、すき屋のゼンショー株なんかこれから投資にいいのでは?と考えています。円高により海外から牛肉などの食料を安く調達、株価が350円(100株単位)で年間12円配当+6000円の食事券を株主にはもらえるので20%配当に相当します。

 今回の超円高時代で前回の不況と大きく違うところは海外の技術が大きく進化したことにより円安でもそれほど日本製品が海外で振るわなかったにもかかわらず今回の円高で日本製がほぼ売れなくなることも想定できます。この円高水準が続けば現在4%の失業率が12%もありえ、就職難、倒産のドミノ倒し、消費税を上げることもできず年金問題、医療費問題も解決できないまま日本が倒産しIMFに介入され政治がIMFにコントロールされる時代も来るかもしれません。

 まさに、パチンコ屋をすべて売春宿にして売り上げの10%を年金、公的資金に回すなどの画期的な政治を今すぐとるべきだと思います。富を得るためには何かを犠牲にする必要があり、トヨタが500年後にある可能性よりもはるかに売春産業は残っている可能性は高いでしょう。

主要通貨の24日現在の為替レート
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米ドルが一日で96円から90円に!
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あれからさらに値下がった韓国ウォン
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高値から50円値下がったオーストラリアドル・・今なら半額でオーストラリアに留学できたな・・
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マレーシアからみれば日本の物価30%高・・当分日本に帰れないかも・・
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350円で100株、35000円投資すれば年間1200円配当と6000円の食事券!ゼンショー
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 今までよく意味がわからなかったサブプライムローン問題、ついにアメリカの証券会社大手、リーマンブラザーズ証券が破綻しました。その後、AIG生命をアメリカの公的資金で救済するなど最近になって大きくサブプライムと関係するような影響が出始めてきました。

 それをきっかけに世界同時株安が続き、それまで外国人が日本円建てでローンを組んで株式、石油などに投資してきたと思われるヘッジファンドが世界の株式から手を引き日本円建で借金を返済したため外貨を売って日本円を買う動きが加速したため世界の株が下がると同時に円高になっていると考えられます。

 為替だけを見た大きな特徴としては、円が値上がり、韓国ウォンが大幅に値下がっています。だからどうなるかといいますと、世界ではソニーの製品が高くなって、サムソンの商品が安くなるということです。円高になって原油が安く買えるようになるわけですが、日本で生産された商品を輸出するのが難しくなったわけです。

 もちろん、日本国内での生産需要が減り失業率の拡大が今後懸念されることになるでしょう。私は2008年度に大学を卒業しましたが、就職しようと思えば難しくはなかったのですが、今後卒業後の就職率が下がる可能性は大いに高くなるはずです。2008年5月現在では4%の失業率が今後7%程度になる可能性もあると私は考えられます。

 世界恐慌+円高とまさに日本の経済を大きく直撃させた今回の景気動向は海外に住む私も円ベースにすれば20%ほど給料が下がったに相当しますが、今後日本企業が海外で更に事業を拡大させていく動きも予想されチャンスでもあると思っています。

 日本人の間でひとつ勘違いして欲しくないのは麻生総理大臣就任後、いきなり大きく経済が落ち込みましたが、それは偶然リーマンブラザーズ証券の倒産によるもので麻生総理大臣は全く関係ないと思います。仕事を始めて間もない私が大きく会社に貢献できないように麻生総理大臣も全く同じでいろいろ経験を積んで日本経済の復活を期待したいと思います。

 最後に今私がもっとも投資目的で注目している通貨は韓国ウォンです。昨年度には1000ウォンが130円だったのが現在では70円と46%程度値下がりした通貨なのですが、韓国がIMFに介入されたときと同様輸出が拡大してすぐに通貨の価値が回復する可能性が高いと私は考えています。100円までには戻る可能性が高いかもしれません。

日経平均急落・・・(この日は戦後3番目の下げ率952.58円や巣の9203.32円)
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2008年10月9日現在の主要為替レート
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対韓国ウォンの為替レート(1年間レンジ)
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 4月24日のシンガポール時間の朝6時に日本に向かい、15時ぐらいには日本に到着する見込みです。みなさんお気軽に遊んでください!また訴訟を考えている方!絶好のチャンスです!

 また、帰国後、千葉から九州まで来るまで向かい、それから韓国に行く予定もあります。これからマレーシアで長期間働く覚悟ですので存分に遊びたいと思っています。よろしくお願いします!!
 今日は電話での面接が一件入っていただけで特に忙しくはありませんでした。そんな中、ドミトリーの部屋のイギリス人がどっか一緒に遊びに行こうぜって誘ってくれ、女の子がいるようなバーに行きたいという話になり、シンガポールでも有名なオーチャードタワーに行ってきました。

 ところが、その人はあまりそういったところに興味がないらしく、売春のようなバーではなく普通に落ち着けるようなバーに行きたいということになり、アイリッシュバーに行ってきました。

 ところが、そのバーはヨーロッパ人の男性ばかりで、しかもコーラとビールを注文して20ドルとられました。とりあえず、オーチャード駅付近から離れてドビゴット駅周辺のバーに行き、一件は普通のバーでビールも安かったのですが、お客さんは中華系の男性ばかりで面白くないというはなしになり、その隣の仙子というキャバクラのようなところに行きました。ところが、女性と一緒にお酒を飲むためには30ドル払わないといけないらしく、店員のウエイトレスと話が盛り上がって40分程度すごしました。かわいい女性もたくさんいたのですが、30ドル払うのはもったいないという話になり、また、キャバ嬢と思われる方も一切目線を合わせようとしない状態でした。

 それから、現在宿泊しているホテルの近くのフードコートでご飯を食べ、帰宅しました。最後にそのイギリス人とチベット問題について話をしたのですが、彼の意見では、チベット問題よりもイラク戦争の方が問題だという話になり、中国の巨大な経済力を懸念するために突き落とそうとしているメディアの姿勢が間違えているという話になりました。

 また、ベジタリアンは健康に悪い、ニュージーランドで3ヶ月ワイナリーで働いていてその期間車で生活していた話など、興味深い内容の話をたくさん聞くことができ、改めて旅行者の会話は面白いという認識を持ちました。

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