個人的に考える真に英語が出来る人とは?

 まず、自己紹介からはじめたいと思いますが、私は、TOEIC570点を大学入試前に取得して、面接のみで受験できる大学で、東京国際大学・言語コミュニケーション学部、神田外語大学・国際コミュニケーション学科、文教大学・英米語英米文学科、敬愛大学・国際学部を受験して敬愛大学を除いてすべて不合格でした。面接だけだったので受験対策などは何もしておらず、面接でまさかの厳しい質問連発。「最近読んだ本の感想を言ってください。」なんて極めつけでした。

 文教大学・英米語英米文学科では面接のときに始めて教師を育成する学部だと知り、「あまり教師にはなりたいとは思ってません」と言ってしまいました。神田外語大学・国際コミュニケーション学科では面接はオーストラリア人との面接はよかったのですが、後から中国人が出てきて読み書きについていろいろ質問され、言語は人とのコミュニケーションが目的であり、読み書きだけが大切ではないと言ってしまったのが原因だったのか不合格でした。

 それから私は敬愛大学に4年間通い、現在では、マレーシアに住みだして5年目になります。仕事は現在2社目で、1社目は日系企業にデザイン、ページレイアウトを営業する仕事、2社目は日本のオフィス社員を対象にコンピュータをサポートする仕事をしております。1社目では、日系企業とはいえ購買部や電話の受付は日本人ではなく実際訪問しても日本人が出てこないまま商談を続けることもよくありました。マレーシアはビジネスの上ではすべて英語です。2社目はオフィス社員には日本語でいいのですが、パソコンの問題を報告するのは英語で、特にインド、中国の担当者と英語で問題を報告して解決してもらわないといけません。共に、日常的に英語を使った仕事をしており、大学入学前に英語が伸びそうな学部を選ぶという選択は間違えではなかったのかもしれません。大学は海外でビザを取るために入っただけ。でも考えようによっては大学に入学する大きな動機でもあると思います。

 では、英語はなんのために勉強するのでしょうか?簡単に言えば外国人、または、英語が出来る人とのコミュニケーションをするためです。そのコミュニケーションで大切だと思うこと、逆に日本語を勉強している留学生に何を求めるか想像すればわかりやすいかもしれませんが、

1、信頼される人柄
いくら言語ができてもその人の人柄や、人間としての器が小さいような人、またうそつきとコミュニケーションしてても意味がありません。コミュニケーションの最終目的は他人から信頼を得ることなのだと思います。信頼がこれまでの日本経済を支えてきたと言っても過言ではないと思います。

2、発音(文章をわかりやすい説明ができるか)
発音が悪くて相手に伝わっていないのであればいくら読み書きが出来たとしても英語できないのと同様です。日本の大学はこれを無視しているような気がします。想像してみてください。発音がよければ中国人と日本人見分けつかないと思いますよ。発音がいい人は大概言語できる人なのですが、単語あまり知らなくても相手にとっては話しやすいです。

3、聞き取り
個人的にはマレーシアの日常会話ではもう9割5分現地の英語で何を言っているか理解できるのですが、今の会社でもプレゼンテーション、研修などで何を言っているか理解できない場合がよくあります。研修では普段の会話と違うことを言って普段聞き慣れない単語を使うので理解できず、毎回辞書を頻繁に使ってますが終わってみてもわからないこと山積みです。TOEICなんかできるとこういうところで差が出るのだと思います。

4、読み書き
会社からのメールはすべて英語ですし、正確に意味を理解しないと困るとこもあります。でも意味がわからなければ周りの社員に聞けばいいのです。それで重要になってくるのが2なんだと思います。

 たとえば、みなさん日本語はどうやって勉強しましたか?本や机で勉強したことよりも日常会話で伸びていったという方が大半だと思います。それから読み書きを少し勉強して漢字も書けるようになったんだと思います。英語を伸ばすのも環境なんだと思います。高校や大学は英語を勉強するのであればその環境を提供してくれたらよかったのだと思います。結果論、英語圏の恋人を作るというのが何よりの英語の上達で1から4をすべてクリアできる行動なんだと思います。

 英語を勉強する前に考えてもらいたいことは、言語を通じて人から信頼されることが特に海外で営業をする人にとって見れば重要であり、外国人から信頼を得て仕事を受注などできた人こそ真の英語が出来る人なんだと私は思います。残念ながら日本にはアジアを差別するネトウヨなどが多く存在しているようで、彼らが英語が出来たところで、日本の視点でしか物を見れないので意味ないのだと思いますし、英語圏からすれば馬鹿が話せるようになっても聞きたくないと思われるのが大半。逆に竹島を韓国領と主張している韓国人が日本語できても意味ないのと同じですよね。

 マレーシアで、いくつかの企業と面接して思ったことですが、日系企業は自分が英語できないので、TOEICの点数で判断する。欧米企業は面接でコミュニケーション出来ていたら採用する。という印象があります。これまでをまとめますと、1の信頼される人柄を見ているのは欧米企業の面接であり、実際日系企業は製造業を除いて海外展開失敗しているの目立ちますのでそういうところが原因なのかとも考えております。日本の外食産業などレベル高いと思うのですが、海外展開できないのはそういう原因なのかと個人的には思います。

 日本はまず、大学も合わせて10年も英語勉強しているのに、話せない人が多く読み書きが出来たとしてもそれは英語できないのと同様。受験が教育の壁を作っているような気がします。学校は社会で活躍できる人材を育成することですので、国際社会に対応した教育をもっとするべきだと思います。高校ぐらいから全部授業は英語なんていうクラスを作ってもいいと思います。ある教師を目指している日本人の話では、既存の英語教師よりも英語できたら不採用になるそうです。教師になるためには親族が教師にいることが重要のようで、家族そろって教師なんていう話も実際よく聞くと思います。そんないい加減な社会を修正できないのであれば日本に未来はないと思います。


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